日傘の女
描かれている女性は、当時モネの家族と同居していたオシュデ夫人アリスの娘シュザンヌ。「シュザンヌ」と聞くと、当時パリで絶世の美女と評判でルノワールの愛人でもあったシュザンヌと同一人物か?と思うかもしれないが、全くの別人。
モネはこの作品を描き上げる11年前の30代の頃にも同様の構図の作品を描いている。この時のモデルは最愛の妻カミーユ。カミーユはまだモネが売れないころから苦楽を共にしてきたが、自身がモデルとなった日傘の女のが完成した4年後に次男を出産した後体調を壊して32歳の若さでこの世を去っている。
その時モネは亡くなった妻の亡骸を前に、その死に顔を描くことに没頭までした。それがあの有名な「死の床のカミーユ」である。
そのような悲しい時を経て11年後、モネは再び日傘の女を描こうとする。モデルは変われど、この日傘の女に描かれている女性はカミーユへの追慕を込めて人生の全てをかけて描いた作品でもある。
女性の表情が描きこまれていないのは、そのような背景があるからかもしれない。
次男のミカエルが生まれてまもなくこの世をさったカミーユ。当時苦しい生活状況であったモネ一家は、アルジャントゥイユという街からヴェトゥイユという街に引っ越した。その街にはまだ評価が定まっていなかった頃の印象派やモネの最大のパトロンであったデパート王のエルネスト・オシュデという人物がいたが、そのオシュデが破産して夜逃げしたため、残されたオシュデの妻アリスとその6人の子供はモネと同居することになった。この頃はまだ体調を崩していたカミーユも生存しており、カミーユとアリスはわずかの期間であるが、このモネの家で生活を共にしている。
カミーユが亡くなったあと、モネ、ジャン、ミカエル、アリス、アリスの子供6人と、計10人の大家族となったモネ一家はジヴェルニーに引っ越す。
モネとカミーユの長男ジャンと、アリスと夜逃げしたデパート王エルネストの次女ブランシュは後に結婚して夫婦になった。
ちなみに宮崎駿監督の「風立ちぬ」とこの「日傘の女」の関係性は、モネへのオマージュとして有名ですが、「日傘の女」の描いたモネの心境は背景等を理解すると、「風立ちぬ」も「日傘の女」も、ともにまた何か深い物を感じ取ることができるかもしれない。